川口市朝日1丁目4番33号 |
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昔、当寺は荒川の堤外にあり大迦藍を誇っていたが、天正年間(1573〜92)に岩槻城が北条氏に落とされた時、城の落人が寺へ集まって来たので、
村人たちが堂宇を打ちこわしてしまった。 その後、再建の時に現在地に移ったという。 創建は室町時代、開山は法印宥淳和尚で、寛正元年(1460)のことである。 その後、大永5年(1525)、第4世の了高和尚が再興し、中興開山とされる。 了高は天文17年(1548)に没している。 境内に川口三薬師(慈林宝厳院の薬師、領家光音寺の薬師、)の一つである「岡の薬師」と称される薬師堂があり、中央に薬師如来、 左右に脇士の日光・月光両菩薩を、護法神として十二神将、そして婆子が安置されている。 薬師堂は、天文8年(1539)4月の造立で、天正13年(1585)、北条市の家臣の立川山城守、代官の大久保内蔵助らを大檀那として再建したといわれている。 また、この薬師堂では大護摩供が勤修され、岡の薬師は現在でも広く信仰されている。 北足立八十八ヶ所観音霊場75番札所 足立百不動尊33番札所 薬林寺より 2009年6月20日参拝 御詠歌不明 |
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