さいたま市緑区中尾238 |
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6番からさきほどの浦和越谷線にでる。浦和駅の方へ車の多い道を15分ほど歩くと、かわしん、の看板が左にみえる。
ここはなだらかな坂の底になっていて不動坂の名がついている。 かわしん、の先のせまい道を左に入るとすぐ墓地がみえる。ここが金剛寺である。 入ってみると300坪ほどもあろうかと思われるこの墓地には、古い墓石が雑然と並んでいて、かたむいたりしているのが多い。 墓地の中心に古びたお堂があり、広さは十坪ほどであろうか、無住の状態である。お堂の上の方に第七番の扁額がかけられているが、もう一つの扁額がある。 これも不動尊と刻まれており、脇にも小さな文字が見えるが読めない。お堂の中は暗く不動尊は見えない。訪れる人の少ないこの金剛寺に佇むと、歴史の流れを感じる。 現在の行政区割だとここは中尾の最北端になるが、不動ヶ谷というバス停がここより北の方にあるから、ここの金剛寺も含めた北一帯が昔の不動ヶ谷戸村だったのだろう。 ご開帳の折に中を拝見したが、中の奥に不動尊を正面にしてその前に護摩壇があり、そのまわりの壁面に珍しい不動尊の額や絵馬が多数ならんでいた。 なお、上をみると古い角塔婆が5本あった。この年には角塔婆を建てなかったが、12年ごとに増えていった角塔婆が5本ということは、 最も古いものは昭和8年の酉年のものということになり、この建物もそれ以前に建てられたということになる。(高島英一著より) 2009年8月26日参拝 御詠歌 とりわきて ゑにしそふかき 不動谷 たみのかまとの ひゝににきはし |
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