茨城県笠間市笠間1056−1
この寺は、縁起などによると652年(白雉3年)猟師の粒浦氏によって創建されたと伝えられ、当初山号は三白山と号した。
1214年(建保2年)笠間氏の焼き討ちにあい焼失したが、その後笠間氏の帰依を得て笠間城内に再建され現在の山号に改められた。
その後笠間氏の衰退とともに寺運も衰えた。1590年(天正18年)宥明によって再興され勝福寺と改められたが、江戸時代に入り1686年(貞享3年)に正福寺となった。
明治初年の神仏分離に伴う廃仏毀釈により焼失して衰微し、本尊をはじめとする仏像などは散逸してしまったが、1930年(昭和5年)現在地に仮の本堂が建てられた。 現在の寺号となったのはその後のことである。 (観世音寺より)

2004年10月23日参拝

【御詠歌】 夢の世に ねむりもさむる 佐白山 たえなる法や ひびく松風

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